嘘の医療情報に騙されないために知るべきこと

ネットには様々な医療情報が広がっています。参考になる正しい医療情報もありますが、中には完全な嘘の情報も見られます。とても恐ろしいのは、その嘘の中には本当に生命を脅かしかねない深刻なものも見られます。癌領域では、「早期癌が見つかっても、手術や抗がん剤治療を受けてはいけない」などの、とんでもない嘘が平気で書かれています。ちゃんと治療を受ければ、ほぼ確実に治癒できるのに、この嘘によって生命を失う危険すらあります。

こんなネット社会においては、自分自身や家族を嘘からちゃんと守らないといけません。そのために、私が大事だと思うのは、ネット上の医療情報の特徴を良く知っておくことと、正しい情報の見つけ方を知ることです。今回は、ネット上の医療情報の特徴正しい医療情報の見つけ方について解説します。

ネット上の医療情報の特徴

ネット上の医療情報というのは、テレビや新聞での報道のされ方とは違う特徴がいくつもあります。それを知っていないと騙されてしまいます。私が知っておくべきと思う、ネット上の医療情報の特徴をまとめました。

1、一般人には正しいかの判断がつかないものが多い

2、当たり前で正しい情報は拡散されない

3、極端な嘘ほど広がる

4、陰謀説が広がる

5、深刻な嘘ほど広がる

6、拡散されたことで誤解させる

7、批判の有無では正しいかを判断できない

それぞれについて順に解説していきます。

一般人に正しいかの判断がつかないものが多い

医療情報には基本的に嘘が入りやすい性質があります。そもそも、嘘であることがわかりにくいです。内容がとても専門的ですので、一般人には簡単には正しいかの判断ができません。それに加えて、すぐに確かめることができないものが多いです。医療情報に登場する治療方法などは、多くの場合には時間をしばらく置かないと効果がわからないので、効果の判断がその場では難しいです。例えば「電子レンジを使って食べ物を温めると癌になりやすい」などの嘘も典型です。毎日使用していて問題は起きないことはわかりますが、癌ができるという数十年も先のことですので、本当かどうかの判定がすぐにはできません。そのために、そうなのかもと不安になってしまいます。

当たり前の情報は拡散しない

ネットの嘘で大きな問題は拡散です。拡散は良い一面もありますが、医療情報については悪い側面が大きいです。ネットの情報拡散の特徴は、面白いものほど広がり、面白くないものは広がりにくいです。残念ながら、正しい医療情報というのは一般的に当たり前で面白くないことが多いです。例えば、「ダイエットのためには食べる量を減らして運動しましょう」といえば、当たり前であって、何も目新しくありません。だから、それについて書いたブログはシェアされません。ただ、ダイエットのためにはこの当たり前のことを超える手法はほとんどないわけですが、目新しくなくて面白くありません。

極端な嘘ほど広まる

逆に、ネット上で大きく広がるのは、極端・短絡的・簡単に実行可能・突拍子もない方法です。「OOを食べると癌が治る」などの極めて単純で、誰でもできるもの、それが効くとは思わなかったというのがとてつもない拡散力があります。「この周波数の音を聞くと癌が治る」なども、効果がどうかというのはあまり大事でなく、実行するのが簡単で、突拍子もないことなので、みんなが注目します。面白いと思う人がでて、それはすぐに何万も拡散されてしまいます。

どんな論文が本当に治療効果を証明しているのか?

日本の新聞やインターネット上には、癌治療に関する記事や広告であふれています。その中には、新治療が発見されたとして研究論文の内容を紹介しているものや、販売している治療の効果を証明するために論文を引用していたりします。論文は科学的発見を証明するものですので、良く引用されて使われます。ただ、それらの記事や広告を見ていると、その論文の意味や価値を、本当に正しく理解しているのか疑問を抱くものも多々あります。

新治療を紹介する新聞記事では、かなり研究の初期段階にある治療をあたかもすでに効果が確認されたかのように書いていたりします。また、患者にとって大きな問題だと思うのは、イカサマ癌治療の広告です。本当は治療効果を明確に示している論文ではないものを引用して、治療効果があるように謳っていたりします。

一般の方は、研究論文が出ているということは効果がしっかりと科学的に証明されていて、信頼できる治療だと思います。ここに落とし穴があります。実は、論文には、新薬開発の途中段階の結果を報告しているものが多数含まれますので、論文があることが患者に対しての治療効果を本当に証明しているとは限りません。そのため「論文で効果を確認されています」という言葉で逆に騙されてしまうケースが多々あります。そこで今回は、論文の結果をどのように理解して、どのような論文であれば治療効果があると信用して良いのかについて解説したいと思います。

そもそも論文とは何?

論文とは、研究によって得られた学術的発見を報告するために書かれた文章です。研究者が何か新しい発見をした場合に、科学的根拠を示す実験データとともに、その内容を詳細に執筆して、医学雑誌に報告します。この論文は、医学雑誌に投稿されると、普通は専門家による審査を受けて、間違いを修正されたり、追加実験を要求されて、その内容が発表されます。新薬が特定の癌に効果を示すというような発見も、もちろん論文として報告されます。現在、標準治療として使われているようなお薬も、その保険適応の承認の根拠となった論文が必ず存在しています。

薬の開発プロセス

まず、今回の話を理解するために必要な基礎知識となる「がんの新薬が開発されるプロセス」について簡単にご説明させてもらいます。以前のブログ(未承認治療の何%が本当に効果を期待できるのか?)でも紹介した内容の復習です。以下の図を見てください。

新しく開発されたお薬は左のプロセスから効果があるかを順番に確かめられます。それぞれの段階をクリアーすると次の段階に行きます。最終的に第4段階を合格すると、正式な薬剤として承認されて、標準治療と言われるものになります。

第1段階は基礎研究になります。新薬を作成することや、新薬をがん細胞にかけて、殺傷効果がでるのかを調べます。また、マウスにがん細胞を移植したモデルで、新薬が腫瘍の抑制効果を得られるかを検証します。同時に副作用が動物にでないかも検討します。

第1段階で良い結果がでると、実際のがん患者さんに投与して効果を確かめる段階に進みます。臨床試験は3段階のシステムで効果を判定します。臨床試験Phase1では人に使用する場合の安全性と用量・投与回数などを検討します。安全なお薬ということがわかると、次に進み臨床試験Phase2で、実際の対象がんを持つ患者の少数のグループで、実際の治療効果が得られるかを判定します。

十分な効果が得られることが確認されると、最終段階の臨床試験Phase3に進みます。この試験が最も大事で、現在の標準治療(現時点で最も効果のある治療方法)と治療効果を比較します。この試験は数百人規模で行われることが多く、大規模な試験です。このPhase3試験で標準治療を上回る効果が確認されるか、同等な効果だが副作用がより少ないことが確認されると、新治療として承認されることになります。

論文の数

さて、この上の薬剤開発プロセスのどの段階で論文が出版されると思いますか?最終的な第4段階が終わるとまとめて発表されると思いますか?それとも、4段階の各段階が終わったところで論文が発表されると思いますでしょうか?実は、4つどころではなく、何十〜何百という論文がこの開発過程で出ることになります。

論文とは細かな発見の度に出される

新薬の研究とは平均7年近くかかる壮大なプロジェクトです。そのため、その過程では様々な研究がされて、その1つ1つの細かな発見のたびに論文が出されます。(特許を守るために意図的に出されないこともあります)

ここで一つ例をあげます。テモゾロマイド(Temozolomide: TMZ)という薬剤があります。このTMZは脳腫瘍の一つである神経膠芽腫(Glioblastoma: GBM)という腫瘍に効果が証明されていて、標準治療として患者に使われています。では、このTMZと神経膠芽腫に関した論文はいくつ出ているでしょうか?論文データベース(PubMed)でTMZとGBMをキーワードにして検索すると、過去に出版された論文の数はなんと3340もあります。1つの治療を開発するには膨大な科学的知識の積み重ねが必要であり、さらに確立された治療も様々な修正が試みられたりもするために、論文の数はどんどん増えることになります。

新薬開発段階で発表される論文

一般的な新薬開発の各段階で出る論文は以下のようなものがあります。

・薬剤を精製する方法についての論文

・薬剤がシャーレ上でがん細胞を殺すことを確認したという論文

・薬剤がどのような機序でがん細胞を殺すのかというメカニズムに関する論文

・薬剤を動物に投与するとどのような体内分布をするかという論文

・薬剤がマウスに作った癌を縮小できるという論文

・少数の患者に対して薬剤投与して安全性を確認した論文

・少数の特定の癌患者(例えばGBM)に投与して治療効果が得られるかという論文(Phase2)

・数百人の患者に対して今までの標準治療と比べて有効性があるかという論文(Phase3)

などになります。これはかなり省略していて、実際にはもっと多くの細かな論文があり、その結果として最終的に、患者に効果があるという結果になっています。

患者に対して有効ということを示した論文はどれか?

上記したような薬剤の開発段階で報告される多数の論文のなかで、患者に効果があるということを証明した論文はどれでしょうか?一般の人は、シャーレ上の腫瘍細胞に効けば良いのではとか、マウスで効けば十分ではとか、少数の患者で効いたというので十分だと思うかもしれません。実はいずれも証明にはなっていません。患者に有効という証拠は、最後のPhase3の論文だけです。厳密にデザインされたランダマイズコントロールスタディーという、大規模な臨床研究が行われて、数百人の十分な患者数に対して、今までの標準治療に比べて優位に効果があるということが示されたものしか十分な証明をしていることにはなりません。これ以外の途中段階の論文の結果は、たとえ良い結果だとしても、偶然に得られた結果の可能性が大いにあり、患者への標準治療とするには十分に信頼できる結果とは考えられません。

途中段階の論文に注意

以前のブログでも書きましたが、癌の新薬開発は大変に難しいものです。以下の図は、各開発段階に入った薬剤が最終的に効果を確認される可能性を示したものです。

細胞実験やマウス実験で効果を示されて、人に投与する段階の第2段階(Phase1)まで行ったとしても、最終的に効果があるのはたった3.4%です。そのため、この段階の有効性を示した論文はあくまで途中経過で、患者に本当に効くことの証明ではありません。また、この新薬開発プロセスを突破できずに、開発が途中で中止されたような薬剤でも、多数の途中経過の論文が発表されています。それらはすでに効果がないことがわかっているわけですが、過去の途中経過である程度の効果が見られたことは発表されています。それらを悪用されることすらもあるのです。

論文を悪用した嘘に注意

途中段階の論文というのは学術的には大変に価値があります。その結果の積み重ねはとても大事で、たとえ最終的に薬剤が有効とは証明されなくても、そこから新たなアイデアを生むこともあれば、その失敗から学び、次の成功につながることもあります。そのため、もちろん論文としての学術的価値は十分にあります。

しかし、困るのはそれらの途中段階の論文を引用して、イカサマ治療を売りつけることに使う悪い人たちがいることです。この食べ物に含まれる有効成分でがん細胞が死滅したとか、マウスに食べさせたら腫瘍が縮小したとか、10名の患者でこの食事療法を行ったら70%で腫瘍抑制があったとかです。これらは患者に有効という証明にはなっていません。ちゃんと知識のある医者や科学者にはわかることですが、一般人にはこの違いを見抜けない隙をついています。大変に気をつけてください。

マスコミ報道にも注意

日本の新聞などの報道にも注意が必要です。なぜだか分かりませんが、日本の癌治療に関する報道は、一般的には有効性がほぼ不明な第1段階(基礎研究)、第2段階(Phase1)にあるような治療を紹介していることがあります。最低でも第4段階(Phase3)に入っているレベルでないと、患者で有効になる可能性はとても低いわけですので、そのような治療を持ち上げて報道することには疑問を抱きます。報道には様々な意図も入っていますので、患者側としては報道に一気一憂しないで、どの段階にある治療か落ち着いて確認してもらいたいと思います。

最後にお伝えしたいこと

癌治療に関した論文をどう理解するかについて解説いたしました。論文とは、新薬開発の様々な段階にある研究を報告しています。論文内容がどの段階における研究結果を報告したものか、良く確認してください。特に、論文を悪用したイカサマ癌治療の宣伝にご注意ください。途中段階の研究結果を引用して、あたかも患者に対しての十分な有効性が証明されたかのように使われています。細胞レベルやマウスレベルの有効性、数十人程度の少数の患者への有効性は十分な効果の証明とはなりません。それらのデータが出ている広告には十分にご注意ください。

末期癌の友人にどのように接するべきなのか?

最近、ある方に聞かれた質問の答えで悩んでしまいました。その質問というのは、「友達が末期癌であることがわかってしまったのだが、その人にどう接して、何て声をかけて励ましてあげれば良いのでしょうか?」というものでした。その方は大切なご友人のために、何かをしてあげたいと心から思っていました。しかし、どうすれば良いのか分からなくて悩んでいました。

私はこの問いを聞かれた時に、正直なところ、良い答えが見つかりませんでした。私が癌研究者として、患者にしてあげるアドバイスはいろいろと考え付きます。しかし、専門的な医療知識があるわけでもない一般の方が、末期癌の友人に対して、かけられる言葉はなんだろうと考えたら、簡単ではなく、とても難しい質問だと思いました。

それから、この問いの答えはなんだろうと考えていました。最高の答えがあるのかも分かりませんが、自分なりの答えを見つけようとしていました。先日、その自分なりの試行錯誤の結果を、自分のFacebookで報告して、皆さんの意見も聞いてみました。その結果、患者や家族、専門の医師からたくさんの貴重なアドバイスもいただけて、一つの答えがわかった気がしました。きっと、多くの方が同様な悩みをお持ちかもとおもったので、今回このブログでその内容をご紹介したいと思います。

「ただ耳を傾ける」それが答えかも

この問いの答えはなんだろうなと考えていて、たまたま、私はTEDの動画「ただ耳を傾ける 大抵はそれが一番の手助け」を見つけました。これは癌とは全く関係ない話で、イギリスにある電話で悩み相談を受けるボランティア組織の話なのですが、この話で紹介されていたのは、「どんな難しい問題でも、具体的な助言をするのでなく、ただ単にその人の話に耳を傾けることが、多くの場合では大きな救いとなる」と伝えていました。

私はこれが一つの答えかもと思いました。患者さんが許してくれるなら、その人のそばにいって、その人の話を、その人の苦しみをただ単に聞いてあげることが一つの答えなのかなとも思いました。その人の命を助ける行動をしないといけないわけではない。具体的な治療を助けないといけないわけではない。ただ、シンプルに近くにいて、悲しみや悩みや苦しみを聞いて、一緒に共感する。そんな人になってあげるだけでも、患者の助けにはなるのかもしれません。

このことについて埼玉医科大学の矢形 寛先生から、こんなアドバイスをもらいました。

ただ受け入れる。まさに耳を傾ける。そばに寄り添う。そっと後ろから見ていてあげることが何より重要です。根本的な解決はできなくても解消はできる。余計なお節介ではなく、大いなるお節介をする(がん哲学の受け売りです)。タイミングによりますが、同じ頑張るでも、頑張れではなく一緒に頑張ろう、だろうと思います。頑張れは伝える側の一方的な気持ちです。大切なのは本人の気持ちです。頑張りたくない思いも大事にする。

寄り添うという手段は一つの大事な方法であることを教えてくださいました。

また、ご自身ががんを経験した患者さんからも、

私自身が癌を患った時に最も嬉しかったのはシンプルに、すぐに飛んで来て一緒に泣いてくれた友の存在でした。ただただ頷き話を聞き、一緒に泣いてくれました。
また治療中で動けずに居た時には、病には触れず季節の写真などを、定期的に届けて下さった方の心遣いも嬉しいものでした。ただ聞いて貰えるだけで良いのだと思います。

「ただ耳を傾ける」は一つの答えなのかもしれません。

 

「必ず治る」との安易な励ましはすべきでない

そばに行って、話を聞いてあげるとしても、気をつけるべきことはあります。かけるべきではない言葉もあります。多くの場合に良くないのは、「必ず治るよ」などの励ましの言葉だと思います。それは進行癌の患者自身も、そう簡単なものではないという現実を痛いほど知っているので、その安易な励ましは、多くの場合は嬉しくもなく、傷つけさえするかもしれません。

もちろん患者にもよるとは思いますが、気をつけないといけない言葉だと思います。回復の可能性が高い早期癌の場合には良いですが、厳しい状況の患者に対してですと好ましくない言葉となります。

最近、写真家の幡野さんがブログで、がんになったと告白した後に苦しんだこととして以下のことを書かれています。

「そして電話の内容のほとんどが、『奇跡は起きるよ』『頑張って』などの無責任な言葉です。今うつ病患者に『頑張って』というのはNGだとみんな知っている。がん患者にもNGワードはたくさんあるのに、みんながんのことをよく知らないからそんな言葉をかけてしまう。」

また、妹さんをがんで失った経験がある千祥さんからもこんなコメントをいただきました。

側に居て、耳を傾ける。これに尽きると思います。亡妹はがん性髄膜炎と分かってすぐ余命1か月と告げられ、本当に1か月で逝きました。余命を告げられたことを近しい友人に話すと、あきらめちゃダメ、頑張れ、と励ましてくれましたが、それまで周囲の励ましを感謝して受け入れていた妹が、そんなこと言ってほしいのではない、ただ受け入れてほしいのだ、と初めて怒ったことを思い出しました。

「必ず治る」「あきらめちゃダメ」などの治癒を目指すような励ましの言葉の表現には注意が必要だと思います。

 

患者の状態にも注意しましょう

患者は診断・告知からダイナミックに精神状態が変わります。いつも同じ精神状態でいるわけではありません。一人にしておいて欲しい時期も、もちろんあります。勝手にそばにズカズカと入っていってはいけないです。慎重に様子を伺って、許してもらえれば、そばに行って、話を聞いてあげるというのは一つの方法ではと思います。また、遠巻きに接して、手紙や電子メールを書いてあげるというのも、もちろん良い手ではと思います。

ご自身の精神的負担には注意を

私がこの話を聞いてあげるのも一つの手ですという話をした時に、緩和ケア医の西 智弘先生から以下の注意点を伝えてもらいました。

私は、医療のトレーニングを受けていない人が、「ただ耳を傾ける」ということは難しく危険なことと思っています。自ら自発的にそれを行える方ならいいのですが、医療者が「そうすればいい、自分はそうしている」とアドバイスして実行させるなら、その人の心が壊れてしまうリスクを考慮しなければなりません。
一般の方が「何かしてあげたい」と思うのは、自分の心を護るためという一面があります。つらく悲しい思いをただ耳を傾けて受け止めるというのは相当のストレスです。だから、それを「何かをしてあげた」ということで患者に返すことで、自分の心が壊れることから防衛しています。安易な励ましやアドバイスにはこういった側面があります。なので、この関係性は患者・友人のどちらも不幸になりうる構図になっていると考えています。
なので、友人に「耳を傾けさせる」なら、その友人を心理的負担から解放する仕掛けと一緒である必要があると思っています。それこそが医療者ができるケアだと思います。

我々、医療者側にいる人は多くのトレーニングをしていますので、話を聞くことで受ける精神的負担にも耐えられます。それに対して、一般の方はそのような場面にあまり出会ったことがありません。そのため、ご自身の精神面での負担のことも、気にする必要があります。

ご自身がまいってしまうほどに、精神的負担を抱えてしまうのは危険です。そばに寄り添ってあげるにしても、決して無理はせずに、頻度や接し方に関しては注意をしてもらえればと思います。とても自分では受け止めきれないと思えば、手紙やメールだけでも良いと思います。私はあなたのことを思っているということを伝えてあげる。それだけでも良いと思います。

また、相談にのるあなた自身も精神的な面をサポートしてくださるサービスを利用することも一つの手です。最近では、西先生が「暮らしの保健室」という試みをされており、患者だけでなくその家族や友人を支える仕組み作りをされています。西先生の言葉を紹介します。

私たちは、そういった場合を拾い上げるために「暮らしの保健室」を町なかに作って、患者だけではなくその家族や友人を支える仕組みを作りました。実際に、ここに「友人ががんになってどうしたらいいかわからない」という悩みが先日持ち込まれ、私が対応しました。大切な友人を失うかもしれない不安で決壊寸前という状態でしたので、私がそこでしたことは「ひたすら耳を傾ける」ことです。特に何もしていませんが、それだけでその方は安心して自分の日常に帰っていかれました。私は医療者なので、その受け止めた思いは自分で処理することができます。そういったサポートがあれば、また自分の大切な方へ向き合う力を取り戻していけるのではないかと考えています。

このような仕組みを利用して、ご自身の精神的負担も軽減しながら、接してもらえればと思います。残念ながら、まだまだこのような「暮らしの保健室」のような組織は多くなく、専門家に相談できる場所は多くないようです。マギーズ東京もそのような相談に載っているようです。今後、このような団体の情報を見つけましたら、追記してお伝えします。

治療を見つけることが役目ではありません

もう一つお伝えしたいことは、その人のために何かをできればと、がんに効くという食品などの情報を一生懸命探す方もいます。その気持ちは痛いほどわかります。ただ、治療はとても専門的なことです。しかも、一般の方がネットなどで調べた情報は不正確なことも多いです。残念ながら、それは患者の迷惑になることもあります。治療のことはどうか専門の医師にお任せしてもらいたいと思います。

最後にお伝えしたいこと

「末期癌の友人にどのように接するべきなのか?」一つの答えは「ただ耳を傾ける」という方法かもしれません。安易な励ましをしたりするのではなく、患者の思い、悲しみ、苦しみにただ耳を傾けてあげる。自分はあなたと一緒にいることを伝えてあげてください。具体的な治療のアドバイスなどする必要ありません。

もちろん、私の今回導いた答えが常に正しいわけでもなく、患者や行う当事者によっても変わるかもしれません。癌で苦しむ友のために何かできないかと思っている人で、何か行動を起こしたいと思っていたら、この方法を考えてみてください。

ただ、あなたは専門のカウンセラーではありません。ご自身が受ける精神的な負担も大きいことを決して忘れずに、無理は絶対にしないで、距離感や接し方には注意をしてください。時には、ご自身が専門の方に相談して、精神的な負担を軽減することも考えてください。

「患者の経験談」を使った嘘について

日本社会には、健康に関わる食品の情報や、癌などの病気治療に関するひどい情報があふれています。そこで良く見られるのが、「患者の経験談」などの少数例の治療成績による効果の紹介です。これらは一見すると信頼できそうですが、ほとんどの場合において、効果を正確には表しておらず、ひどい場合には騙す目的で使われています。

なぜ、少数例の結果では判断できないのでしょうか?その理由は、医療の治療成績のデータが、他のデータとは違う特徴を持つためです。今回は、がんの治療成績の具体的なデータを紹介して、何が特殊で、個別の治療成績がなぜ効果を表さないかについて解説します。癌の治療成績を中心に解説しますが、今回の内容を理解してもらうと、医療情報を理解する上での基礎的な情報リテラシーの一つを身につけられるのではと思います。

ネットにあふれる1例の結果

ネットのがん治療に関した書き込みで、「この治療を受けた方で、余命半年と言われたのに、2年も生きた方がいます」「この治療は全ての方に効果があるのではないですが、5~10%ほどの方に効果を示すことがあります」「うちのおじいちゃんは抗がん剤治療を受けて、たった2ヶ月で亡くなった。あれは効かない」。このような書き込みを見ることが多々ありませんか?これらは、個別症例や、少数の治療成績を強調するという手法で、この類の書き込みや宣伝というのは多数見られます。個人が悪気なく使っている場合もありますが、多くは悪意ある業者が使っている場合が多いです。

このような少数のデータから治療が良い悪いと結論付けられるでしょうか?もちろん、これは大きな間違いです。このような1例のデータや、少数のデータは全体の効果を反映していないからです。でも、一般の方の多くが、それは完璧ではないものの、完全に間違いでもないと思い、その食品が効果があるのではとか、逆に標準治療は効かないのではと懐疑的になってしまったりします。そもそも標準治療は確実な効果を証明されたものですが、なぜ個別症例で効果が見られないということもあるのでしょうか?その大きな原因の一つは、がん治療成績のデータ分布がどのようなものなのか正確に理解していないことが挙げられます。

がん治療成績には、ばらつき(分散)がある

がんの治療成績とはどのようなものなのか、ここに一つの例を示して解説します。ここに載せたグラフは、非小細胞肺癌の患者に対して免疫チェックポイント阻害剤であるオプシーボ(Nivolumab)が大変に効くというのが証明された時のデータです。オプシーボというお薬は非小細胞肺癌に対して、日本でも保険承認になっていますが、その大きな根拠となったデータです。この臨床試験では、それまでの標準治療であった抗がん剤のドセタキセル(Docetaxel)と効果を比べています。

このグラフはオプシーボ群(青線)とドセタキセル群(緑線)の治療成績を比較しています。このグラフの見方ですが、縦軸が生存されている患者さんの割合を示しています。それに対して横軸は月数です。最初の0ヶ月の時点では100%の患者さんが生存されています。月が経つにつれて徐々に線が下に落ちているのは、この時点で亡くなられた人がいることを意味しています。

オプシーボ群は12ヶ月の時点で42%の人が生存しているのに対して、ドセタキセル群は24%のみです。2年近く経過した時点でも、オプシーボ群は30%近く生存していますが、ドセタキセル群は10%のみです。このことより高い有効性が証明されたということになります。

同じ治療でも成績は大きくばらける

ここから本題です。上のグラフを良く見てみると、治療効果があったオプシーボ群でも、40%近くの方は最初の6ヶ月で亡くなられています。最初から最後までのどの期間でも亡くなられた人がいて、どこからの中心部に集中しているわけではありません。ドセタキセル群の方が早くに多くの人が亡くなられていますが、効果の低いこちらの治療でも、逆に10%の人は2年経っても生存されています。

以前の余命宣告の解説ブログでも書きましたが、がん患者を同じ方法で治療した場合でも、その生存期間には大きなばらつきがでます。人というのは体格や年齢、持病など、様々な要素が違います。また、薬への反応も個体差があります。そのため、効かない治療であっても偶然に長く生きる方もいるし、有効な治療であっても残念ながら早くに亡くなってしまう方もいます。

特殊な例は必ず現れる

冒頭で紹介した宣伝文句にあるような、1例だけすごく長い生存年数を得ることは偶然に起こることで、どんな治療でも起こります。また、どんなに効く治療でも患者の状態や、腫瘍の様々な要素によってはあまり効果を示さない人も残念ながらいます。この上の例ではドセタキセルの方が明らかに効かないわけですが、

「ドセタキセルを使って、2年経過時点で元気に生きている人がたくさんいます」

「ドセタキセルは全員には効きませんが、10%の人には良く聞いて長期生存できます」

「オプシーボをして3ヶ月で亡くなったので、あの治療は効かない」

と言ったら嘘を言っているわけではないですが、これは効かない治療が劇的に効くように騙していることになります。

複雑なデータ分布をするがん治療においては、自分の都合に会う一例を紹介したり、少数例の成績を取り上げると、簡単に誤解させることになります。これが事実を歪曲して伝える際に多用されています。

一般の人が思うデータ分布とのギャップ

多くの人がこのような嘘に騙される原因は、一般の人が頭の中で描いているデータ分布曲線が間違っているからです。世の中にあるデータというのは、様々なデータ分布をしていて、今回のように広く複雑な分布をしているものもあれば、もっと単純なものもあります。多くの人は、分布が極端に偏っている単純なものを想像しています。例えば下のようなものです。

この図のようにほとんどの人が同じタイミングで亡くなるような、極端に狭いデータ分布をする場合には、さっきの理解で良いのです。1例や10%のデータでも、どちらが良いのか大体の検討は間違いなくできることになります。

例えば、乾電池の長持ち度合いを比べる実験なら、乾電池間でのばらつきがほとんどないので、得られるデータが一定で、比較対象が3ヶ月持つのに対して、新しい電池が4ヶ月持つのであれば、これは数例の実験でも性能が大きく違うことを、正確に理解することができます家電などの購入では、経験談などの評価でもかなり正確な事実がわかったりします。それは工業製品はかなり均一だからです。人は工業製品ではなく、それぞれが違いのある複雑な個体です。しかし、その家電製品の理解をそのまま医療データの理解に持ち込むと、大きな間違いをおかしてしまうことになります。

なぜ10人程度の患者データでは不十分なのか

一般の方から良く聞かれる質問として、「10人程度の患者に試して良い結果が出たという論文があるのであれば、多少の効果はあると考えて良いので、数百人規模のデータがなくても信用して良いのでは?」と聞かれることがあります。なぜ、10数人程度ではダメなのでしょうか?一つ例を示して解説します。少数の患者を対象にした臨床研究の問題点は、対象サンプルがうまく抽出されていないことにあります。

少数患者の臨床臨床研究では、良い結果を出したいという研究者の意図が患者選択に入ってしまいます。持病など持たずに、体の状態が良く、治療もうまくいきやすい患者が抽出される傾向があります。たった10例程度なので、たくさんいる患者のなかで良い結果がでそうな例を抽出することはできます。そのため、本来は全体の治療成績をうまく表す平均化された10例を抽出したい(下記の上段図)のですが、多くの場合は良い治療成績がでる10例を抽出する(下記の下段図)ことが多くあります。

上の図を見てもらうとわかりますが、ちゃんと平均化された例なら全体と同じ平均予後になりますが、下段図のような抽出をすると平均予後はオプシーボより良くなってしまい、とても効果のある治療と誤認することになります。このような患者選択エラーを統計用語では選択バイアスと呼びます。これが多少なりとも入るため、少数例に対しての研究というのは一般的に参考程度のデータとしてしか見られません。では、証明にはどのような研究が必要になるのでしょうか?

十分な効果があるという結論を得るには?

人への治療成績は複雑な分布をします。そのため、新治療が古い治療と比べて、十分に効果があると結論つけるには、数百人規模の患者データが必要になります。また、患者選択には研究者の恣意が入らないようにすることが求められます。患者自身も医師自身もどちらの治療を行っているかわからないようにして実施する二重盲検試験などが求められます。これらによって偶然に起こりうるものの影響を凌駕する大きな違いが必要です。そして、上のグラフで得られたような2つ線が大きく右にシフトして、どの時期でも多くの生存率を得ている良い成績になっていることが必要になります。実際の証明には、見た目ではなくて、様々な統計的な計算をする必要があるのですが、今回は話が難しくなるので、そこは割愛します。

個別症例の強調は誤解を生む

最近、厚生省がネットでの医療広告で、患者の体験談を出すことを禁止しました。これはまさに今回の話と関連があることです。売り込む側の都合良い1例を取り出して強調することは、受け取り側の大きな誤解を生むためです。患者が治療した際に体験したことをシェアすることは、本来はとても良いことなのですが、悪用する人が多いために残念ながら、医療広告として使うのは禁止の対象となってしまいました。

誤解して欲しくないのは、患者の治療体験談や、患者会の存在はとても貴重です。経験をシェアして、今後の治療を乗り切ることはとても大事なことです。ただ、個別の体験から治療効果を判断するのはできないということだけです。

ネットの医療広告は規制されますが、個人的なSNSを介してなど、この広告手法はでてくる可能性があります。ぜひ、知識武装して根拠のない情報に騙されないようにしてもらえればと思います。また、このような複雑なデータ分布するのは、がんに限らず、人を対象とするあらゆる医療データで見られます。ダイエット、糖尿病、子供の成長、タバコ、ワクチンなんでもそうです。個別症例の強調に気をつけましょう。

治療効果は白黒明確なものではない

この機会にもう一つ知って欲しいのは、「治療効果というのは白黒明確ではなく、確率論的に効果が確認されたもの」であるということです。今回のオプシーボの例では、歴史的な魔法の新薬と言われたオプシーボでさえも、数例の成績で効果を判断できるような私が作った極端な分布のようなことにはなりません。全体でみると明確な違いだけど、少数では判断つきにくいものです。多くの医療というのは、このような確率論的な違いを持つものです。一般の人は、明確な白黒判定を好みますが、そのようなものではないということを知ることも騙されないためには重要なことです。

最後にお伝えしたいこと

今回は医療データの複雑なデータ分布について紹介し、なぜ「患者の経験談」のような少数例の治療成績は効果を正確に表さないかについて解説しました。また、10例程度の少数例での検討では不十分である理由を解説しました。ネットには、この類の話があふれかえっています。ぜひ、知識武装して騙されないように注意をしてください。「それは偶然ではないか」という目で見るだけで、騙されるのを防げるものはいっぱいあります。何百人の大規模な正確な検証がなされているかを慎重に見定めてください。日本人の情報リテラシーがあがり、社会全体が成熟して、本当に人のためになる情報のみがネットに増えることを祈っています。

<更新情報>

2018/8/26「なぜ10人程度の患者データでは不十分なのか」を追記。

未承認治療の何%が本当に効果を期待できるのか?

がんの治療には大きく分けて二つの形態があります。一つは確実な効果がすでに証明されていて、病院で保険診療として行われる標準治療です。もう一つは効果がまだ未確認の未承認治療です。

この未承認治療には、未来の新治療になるのを目指して開発中の治療が入っており、実際に将来的に効果が確認されるものが含まれます。しかし、日本ではお金儲けの怪しい民間療法や自由診療も、未来の治療であるかのように装って、この未承認治療に含まれています。大きな問題は、一般の方の知識ではどの未承認治療が期待できるもので、どれが怪しいものなのか区別つけられません。そこで、今回のブログでは未承認治療にはどのようなものが含まれていて、その中のどれが本当の治療効果を期待できるものなのかについて解説します。

薬の開発プロセス

まず、今回の話を理解してもらうために、基礎知識となる「がんの新薬が開発されるプロセス」について簡単にご説明させてもらいます。以下の図を見てください。

新しく開発されたお薬は左のプロセスから効果があるかを順番に確かめられます。それぞれの段階をクリアーすると次の段階に行きます。最終的に第4段階を合格すると、正式な薬剤として承認されて、標準治療と言われるものになります。

第1段階基礎研究になります。新薬を作成することや、新薬をがん細胞にかけて、殺傷効果がでるのかを調べます。また、マウスにがん細胞を移植したモデルで、新薬が腫瘍の抑制効果を得られるかを検証します。同時に副作用が動物にでないかも検討します。

第1段階で良い結果がでると、実際のがん患者さんに投与して効果を確かめる段階に進みます。臨床試験は3段階のシステムで効果を判定します。臨床試験Phase1では人に使用する場合の安全性と用量・投与回数などを検討します。安全なお薬ということがわかると、次に進み臨床試験Phase2で、実際の対象がんを持つ患者の少数のグループで、実際の治療効果が得られるかを判定します。

十分な効果が得られることが確認されると、最終段階の臨床試験Phase3に進みます。この試験が最も大事で、現在の標準治療(現時点で最も効果のある治療方法)と治療効果を比較します。この試験は数百人規模で行われることが多く、大規模な試験です。

がん治療の成績というのは大変に個人差があります。個人によって年齢や体力も違いますし、薬の効き方にも個人差があります。そのため、少人数の検討では全員に聞く治療なのかを判断することが大変に難しいです。1−2例で良い結果が得られても、それがすべての人で起こることなのか、偶然の結果なのかを判断できないためです。そのため、大規模な臨床研究を要することになります。

最終段階のPhase3試験で標準治療を上回る効果が確認されるか、同等な効果だが副作用がより少ないことが確認されると、新治療として承認されることになります。

新薬開発には膨大な時間と費用が必要

未承認治療を正しく理解するために知っておかないといけないことが、この開発プロセスを終えるためにかかる時間と経費です。この全ての開発プロセスを終えるには、最近では平均7年近くの月日と平均800億円近い経費が必要となっています(JAMA Intern Med. 2017;177(11):1569.) 正確にがんに効くという結論を得るには、とてつもない時間とお金がかかります。そのため、この開発プロセスを実行できるのは、ほとんどは大手の製薬会社に限られます。開発の最初第1・2段階は、大学の研究者や、ベンチャー企業で行うこともありますが、有望と分かった段階で大手の製薬会社と協力が始まり、もしくは権利を売るなどして、この開発プロセスは進められていきます。最近では医師が主導するスタイルもありますが、世界のなかでは極めて稀です。

開発プロセスは良い治療を振り分けるふるい

この開発プロセスは時間もお金もかかるので、常にチェックの繰り返しです。4段階に分かれていて、それぞれにチェックがありふるいにかけられます。少しでも期待が薄いと判断されると、すぐに開発は中止されます。大変な投資をしても、最終的に効果が確認されずに、承認されないと損出しか生まれません。そのため、途中ですでに開発がストップしている治療というのは、もう可能性がないと判断された薬剤ということになります。

どの開発段階にあるのかを知ることが大事

未承認治療と言われるものは、この上で紹介した開発プロセスのどこかに入っているお薬か、すでにこの開発プロセスで効果がないと判断されて開発が終了した治療です。例えば、がん細胞に投与して殺傷効果があると確認されたというお薬は第1段階ということになります。10人程度のがん患者に投与してみたところ、効果が見られそうだというのは第3段階(Phase2)程度ということになります。この開発段階はふるいですので、段階が進めば進むほど期待が持てるということになります。未来の治療になる確率が上がるということになります。では、次にその確率について解説します。

未承認治療で効果が期待できるのはごく一部

ここが今回で一番大事なところです。さきほど解説した各段階に入っている薬剤のどのぐらいの割合が最終的に新薬として承認されるのでしょうか?つまり、この割合というのは、その段階のお薬で本当に有効な治療が含まれる割合ということになります。最近の研究論文のデータを引用して示します。

承認の直前段階にあるPhase3が行われている薬剤ですと35.5%です。その割合は開発段階が前になるほど著しく低下していきます。第3段階のPhase2では6.7%しかなく、第2段階ではわずかに3.4%となります。(Biostatistics, 2018)。基礎研究段階にあるものは正確な数値はわかりません。新たにお薬が開発されて検証が始まると、ほとんどの薬剤は基礎研究(細胞・マウス実験)の段階で十分な効果が確認できずに終了となります。この段階の失敗は報告すらもされないので、正確な成功確率は不明です。実際に我々が研究の世界で行っている感覚からすると、第1段階から第2段階にいけるのは全体の1%もないのではというくらい低いものですので、基礎研究の段階にある薬剤で最終的な成功までいけるのは0.01%以下であると予想します。このデータから導ける結論は、未承認治療でもかなり進んだ開発段階にあるものでないと、ほとんど効果は期待できないということになります。

高額な費用負担を求める未承認治療の実態は

日本では、高額な費用負担を求める未承認治療がネットや書籍などでたくさん紹介されています。それらの未承認治療はどの段階にあるものでしょうか?あまりにたくさんあるので、ここで一つ一つについて言及するのは難しいですが、私が確認している範囲では多くは2パターンです。一つは、第1段階の基礎研究段階にあって、患者で効果も見られていません。少し患者での結果を出していたりもしますが、正式な臨床研究ではなく第2段階にも進んでいません。もう一つは、クリニックで行われている自由診療関連で多い、第2段階・第3段階まで過去に行ったが、効果が確認されずに開発が終了したものです。これらは根拠となる論文が十数例の患者で投与して、少し効いたみたいなデータが根拠論文として示されていることが多いです。しかし、第4段階が行われていません。つまり、すでにダメということがわかり開発が終了していることを意味しています。高額な費用負担を求める未承認治療の多くは、かなり有効な確率が低い治療ばかりであることがわかります。

高額な費用負担を求めるのは危険サイン

未承認治療がどの段階にあるのかを調べることは可能です。今回のブログでは書ききれないので、次回のブログで紹介しようと思います。第3や第4段階にあるかを調べる簡便な方法が一つありますので、それをここでは紹介します。それは「高額な費用を要求するかです」。第3や第4段階に入っている治療は、患者に高額な費用を要求することはありません。この段階ある治療は、大手の製薬会社によって高度にデザインされた臨床試験が行われています。そのような臨床試験では、基本的に治療費用を製薬会社が負担します。これは患者に効くか効かないかわからない治療を試す場合には、患者側に費用負担を要求してはいけないという基本ルールがあるためです。そのため、高額の費用負担を要求するものは、少なくとも後半の開発段階にないと疑えるので、かなり警戒する必要があります。

開発後期の臨床試験が最も期待できる

未承認治療のなかで比較的期待が持てる治療は第3~4段階にあるものです。これを受ける手段は、製薬会社や医師等が行っている臨床試験(治験)へ参加することになります。これらは高度な検討がなされてきて、効果が期待できるとされるもので、もしかすると未来の治療になる可能性があるものです。臨床試験のPhase3が行なわれているものであれば35.5%もの治療が効果をしめす可能性があります。

標準治療でできることを全て行った患者さんが、さらにできることがないかと探している時には、このPhase3の段階にある臨床試験(治験)に参加するのが最も良い手段ではないかと思っています。それは有効である可能性が高いことに加えて、費用負担がない(臨床試験参加は基本無料)ということも魅力です。参加をご検討される際には担当医師や、拠点病院にある相談室にご相談ください。

先進治療は比較的期待できる

日本では先進医療というシステムがあります。これは比較的高額な費用負担を求めるものなのですが、巷のイカサマ治療とは異なるもので、分けて考えないといけません。これは厚生労働大臣が先端的な医療技術であると承認したものに対して行われる特例的な制度です。一定の有効性や安全性が確認されていても、保険適用まで至っていない医療を、審査のもと承認して、それらには患者から費用請求をして治療を行っても良いシステムになっています。陽子線治療や重粒子治療などが含まれたりします。これらにはPhase3などが進行中のものも含まれます。やがて正式に保険適応になるものもあります。そのため、先進医療は開発段階の後半にある治療と考えてください。ただ、確率が高いというだけで、確実な治療効果が証明されているわけではないことと、標準治療に比べて、高額な治療費がかかるため、実際に治療を受けるかは専門の先生と良くご相談ください。

未承認治療に過度の期待をしてはいけない

一般の方は、未承認治療にはかなりの期待できるものが含まれていると思っています。しかし、実情は大変に厳しいものです。がんの新薬開発は大変な作業ですので、かなり最終段階にある治療でないと大きな期待はできません。

全く確率が0ではないので、必ずやるべきではないとは言い切れませんが、その治療を選択する場合には、どの程度の期待ができるのか、その期待は自分が思い描いているものと同程度であるのか良く考慮してから行ってください。

未承認治療の宣伝の内容を良く確認してください。細胞実験やマウス実験レベルで効いたという根拠データは、良いどころか、ダメである印ともいえます。

ほんの数人で効いたというようなデータもほとんど意味がありません。売っている当事者の自己主張であると、信憑性がどうなのかという問題もあります。たとえ、しっかりとした臨床研究で第3者に確認されたデータだとしても、第2−3段階にある治療ですので、それが効果を示す確率は5%前後と、大変に厳しい確率です。

第4段階の試験のような数百人規模で検討したデータがないと、確率が高い段階にはありません。

未承認治療だけを行うのは大変に危険

今回の解説で理解できたかと思いますが、未承認治療の中に確実に効果があるものが含まれる可能性はとても低いです。そのため、標準治療を行わずに、未承認治療のみを行うというのはとんでもない賭けになってしまいます。最初の第1段階にある未承認治療のみを行うということになると、それで効果を示す確率は0.1%以下になってしまいます。ちゃんと標準治療をベースにして治療をすすめることが重要です。製薬会社が行っている第4段階の臨床試験ですら、標準治療を行わない群を作ることはほとんどありません。「標準治療」と「標準治療+新治療」の群を作って比較します。新治療の成功確率は100%からは程遠いからです。

最後にお伝えしたいこと

がんに対する未承認治療について解説しました。未承認治療には様々な開発段階のものが含まれています。その未承認治療がどの段階にあるのかによって、どの程度効果を期待できるのかが変わります。

第1段階レベルの細胞レベル・マウスレベルの実験データしかないのはほとんど期待できません。また、先進医療以外の、高額な費用負担を要求する治療は、効果が期待できる段階でないものがほとんどです。

できる限りの治療をしたいと思い、未承認治療を選択することも一つの手段ではあります。しかし、何でも良いというわけではありません。「どの段階にあるのか」「効果を期待できるのか」「どのような副作用があるのか」を冷静に検討して、専門の医師とも良く相談をされて、治療選択をしてもらいたいと思います。

※更新情報

2019/1/15 開発後期の臨床試験が最も期待できる を追記しました。

2019/1/17 文章を一部修正

「日本のがん死亡率は先進国のなかで唯一上昇している」の嘘

ネットでがん治療を調べると、「日本のがん死亡率は、先進国の中で唯一上昇している」という話が良く出てきます。そして、この言葉がでるとお決まりのように、日本でしか抗がん剤が使われていないからだとか、日本の標準治療がひどいという文句がでてきます。この話から病院での治療に不安を感じる方もいます。もちろん、日本だけで死亡率が上がっているというのは完全な嘘です。今回はこの嘘について解説したいと思います。

日本のがん死亡率は低下し続けている

まず、WHOの実際のデータを使って、日本のがん死亡率はどうなっているのかをお示しします。WHOサイトのグラフをそのまま以下に引用します。

こちらは、日本を含めた各国の「男性のがんによる死亡率」を比較したものです。日本は真ん中の図の中で、緑で表されています。日本は1990年代後半をピークに、その後はどんどん下がってきています。この傾向はほとんどの先進国で同様です。日本だけが上昇している事実は一切ありません。

次に女性です。

こちらが「女性のがんによる死亡率」です。真ん中の緑の線が日本です。女性の場合は調査が始まって以来、どんどん下がっており、現在でも低下が続いています。数字を見ていただくとわかりますが、日本女性のがんによる死亡率は先進国の中でも特に低いことが知られています。日本だけ上昇しているなんて事実はありません。

日本のがん死亡率は先進国の中でも低い

WHOの同じサイトからもう一つのグラフを引用して、世界各国の女性のがんによる死亡率の高さを比較したものをお示しします。

この図では赤色の濃さが増すほどにがんによる死亡率が高くなることを示しています。日本が先進国の中では珍しく、薄い色になっているのがわかるかと思います。これは死亡率が低いことを表しています。日本だけ高いどころがむしろ低いです。

巧妙な騙しのテクニックとは?

すでにご説明したように日本のがん死亡率が上昇しているというのは嘘です。しかし、イカサマがん情報のサイトには、とても巧妙な説明がされていて、一般の人が見抜くのが難しい現状があります。代表的な騙しのテクニックの一つをご紹介します。この騙しのテクニックはやや高等なので、ちょっと細かな解説をさせてもらいます。

この上のようなデータを載せていたりします。これは日本のがん死亡者数の推移を表したデータです。このデータは厚生省のちゃんとしたものです。このデータを見ると、たしかにがんで死亡する人の総数は年々増加しています。イカサマがん治療サイトでは、このデータをもとに日本のがん治療はひどくなっていると主張しています。これは正しいと思いますでしょうか?この結論は全く間違いです。これは巧妙な統計トリックで騙しています。実は、WHOのデータには年齢調整という処理がされています。がんの治療効果を評価するには、この年齢調整という作業が必須なのですが、イカサマサイトではわざとこの年齢調整をしていない、死亡総数のデータを使ったりしています。

年齢調整死亡率とは何か?

がんの統計データを解釈する際にとても大事なのは、年齢による影響を補正することです。がんの発生というのは年齢に大きく影響されます。以下の国立がんセンターのデータを見てもらうとわかるかと思います。

このデータは各世代のがんを発症する割合を示しています。30代の人と80代の人ではがんになる割合が何千倍も違います。そのため、高齢者と若年者の割合が違う集団を比較する際には、必ず同じ年齢構成であるように補正をしないといけません。

例えば、若い人しか働いていない会社の1000人と、老人ホームに入っている1000人の、がん死亡率を比較したとします。会社の方は、がん発症者は2人、死亡者が1人であるのに対して、老人ホームの方は、がん発症者が50人で、死亡者が15人だったとします。この死亡数だけみると、老人ホームの方が15倍の死亡率です。この二つを比較した時に、このデータをそのまま見て、この老人ホームがある地域のがん治療水準は著しく低いといえますか?もちろん言えないです。がんになる人が多い集団だと、がんで亡くなる人は増えますので、年齢を合わせた集団を比較しないと、どちらの方が死亡率が低いのか、どちらの治療水準が高いかの比較ができません。そこで行われるのが年齢調整死亡率を求めるという手法です。細かな計算方法は省きますが、要は同じ年齢構成の集団になるように計算してから比較します。

「年齢調整死亡率が下がる」が意味していること

ちょっと難しい話をしたので補足します。がん死亡数は増加しているが、年齢調整死亡率は低下しているとはどういうことでしょうか?日本は超高齢社会がすごい速度で進行していますので、がんになる人が爆発的に増えています。ただ、同じ年齢の10万人を過去と現在で比較すると、現在の方がその内で癌になる人の数は減り、癌になっても亡くなる人の数が著しく低下しているということです。

がんで亡くなる患者数は増えていますので、最近はがんで亡くなったという話を良く聞くというのは自然なことです。しかし、以前と違い、同世代でがんになる人の数は減り、また診断されても命が助かり長く生きている方が多いというのが年齢調整死亡率が下がっていることを表しています。

アフリカ諸国が最も高度な治療をしている?

理解のためにもう一つデータをお示しします。これは、Gapminderという世界の統計データを集めているサイトで、私自身が調べたデータです。

このデータの横軸は平均寿命を、縦軸には大腸結腸癌の死亡数(年齢調整していない)を表しています。図に出ている一つ一つの円は国です。円の大きさは人口の大きさを表しています。円の色はその国が所属している地域(アジア・アフリカなど)を表しています。これを見てもらうと、平均寿命が長い国ほど、大腸結腸癌で亡くなる人の数が増加することがわかります。日本は一番平均寿命が長いですので右端に出てきています。日本や黄色のヨーロッパ各国は平均寿命が長いので、大腸結腸癌で亡くなっている人の数が多いです。それに対して、青で示されているアフリカ諸国は平均寿命が短いので、癌で亡くなる人はとても少ないです。癌患者死亡数だけで話をしたら、アフリカ諸国が最も優れた癌治療をしていることになっていまいます。もちろんそれは違います。年齢調整をすると先進諸国が圧倒的に死亡率が低いという結果になります。死亡総数だけで話をするとおかしな結論になってしまいます。

嘘の目的

この嘘の目的はなんでしょうか?理由はいつも同じで、標準治療がひどい、日本の病院で行われる治療はひどいと錯覚させることです。患者や家族に医療不信を刷り込んで、病院で行われている治療から引き剥がし、高額の治療や食品を売りつけるためです。嘘に騙されてはいけません。日本のがん治療は確実に進歩しています。本当にお気をつけください。

まとめ

「日本のがん死亡率は先進国の中で唯一上昇している」は嘘です。日本の高齢化に伴い、がん患者数は上昇しています。しかし、がんになった場合に亡くなる確率は確実に低下しています。日本のがんに対する早期発見・治療の技術は確実に発展しています。統計トリックに騙されないようにお気をつけください。

 

更新情報

5/9/2018 年齢調節死亡率を年齢調整死亡率に変更しました。日本語訳ではそちらの方が一般的なようです。

9/19/2018 一部説明を訂正

「アメリカで抗がん剤は使われていない」という嘘について

「アメリカでは抗がん剤はもう使われていない、FDA(アメリカ食品医薬品局: 薬の承認をするところ)は抗がん剤を禁止している」という嘘も、ネットで良く見られます。こちらもWHOが抗がん剤を禁止していると同じタイプの嘘です。一般の人の多くが、英語で専門的な情報を調べられないという隙をついたもので、また日本人はアメリカでやることを信じる傾向があるので、アメリカを出すことで信じさせようとする嘘です。

これは全くの嘘です。アメリカで抗がん剤治療は禁止されているどころか、今でもたくさん行われており、多くの患者さんが抗がん剤治療を行い、がんと闘っています。医療者側としてはバカバカし過ぎる嘘なのですが、一般の方が簡単には見抜けませんので、この機会に明確に否定しておこうと思います。

FDAは抗がん剤を禁止していません

FDAは抗がん剤を禁止するどころか、がん治療に使ってもらうためにたくさんの抗がん剤を承認し続けています。現時点で60を超える抗がん剤を承認しており、それらの多くは病院で実際に広く使われています。FDAが承認している抗がん剤のリストをレビュー論文から引用して以下にお示しします。

こんなにたくさんの薬剤が承認されています。このリストには薬剤の名前、承認された年数、適応となるがんの情報が詳しく示されています。見ていただけるとわかるように、古くは1949年から、新しいものだと2013年までたくさんの抗がん剤を承認し続けています。禁止どころか承認することで使用を推奨しています。

もし、FDAの本体のサイトでも確認したいという方は、このリンク先のFDAのサイトで、さきほどのリストにある抗がん剤の名前を入力してもらえば、承認されている事実が確認できます。

患者は抗がん剤を使用してがんと闘っている

アメリカではたくさんの患者が実際に抗がん剤を使用してがんと闘っています。それは子供から高齢者まで全ての年代の人です。私が所属しているがんセンターでも、たくさんのがん患者が抗がん剤治療を受けに通っています。ご存知のように、抗がん剤は頭髪が抜けてしまう副作用があります。髪の毛が抜けてしまった姿というのは、がん患者や家族には辛い姿ではあります。しかし、同時にその姿はがんと戦う勇気を与える姿として、アメリカでは良く新聞や映画などで紹介されたりします。今回は、アメリカの患者が実際に抗がん剤治療を受けて闘っている証拠として、その姿のいくつかをご紹介したいと思います。写真をスクロールしてご覧いただけるかと思います。リンク先を見ていただくと、それぞれの治療のストーリーも紹介されています。

こんなにもたくさんの小さな子供達も、抗がん剤の副作用と戦いながら、がんと必死で闘っています。こんな馬鹿げた嘘は、命をかけて戦っているこれらの患者さんに大変に失礼です。

嘘をいう人達には注意をしてください

ツイッターでもブログでも、本当にたくさんの抗がん剤に関する嘘を見ます。「アメリカでは抗がん剤がやられていないのに、お金儲けのために日本だけで行われている。」「アメリカの抗がん剤の在庫を消費するために日本で使っている」など。これらの内容を無責任に書いている人には要注意です。その人が語る治療の話も真実に沿っていないことは明白です。本当に嘘を伝える人たちにお気をつけください。

抗がん剤は必要な治療

もちろん、抗がん剤には辛い副作用もあります。理想的な治療ではないのは確かです。しかし、がんという難しい病気を治すためには、まだまだ使わないといけない方法です。なぜ、副作用がある抗がん剤を使わないといけないかについては、過去のブログをご参考になさってください。

まとめ

「アメリカでは抗がん剤はもう使われていない、FDAは抗がん剤を禁止している」というのは全くの嘘です。FDAは多数の抗がん剤を承認して、使用することを推奨しています。また、たくさんのがん患者がアメリカでは実際に抗がん剤を投与されて、日々がんと闘っています。嘘に騙されないように注意をしてください。

余命宣告に関する誤解

最近、ネットでがんの余命宣告が話題になっていたので、今回は余命宣告について解説しようと思います。余命宣告というのは、ドラマなどでこのシーンが良く登場することなどから、一般の人にとっては進行がんの治療において必須のもののように思われています。しかし、実際には余命宣告は必須ではなく、また医師と患者の間で様々な誤解を生む、要注意な事象の一つでもあります。しかし、そのことはあまり一般の方には知られていません。今回はそんな余命宣告について私なりに解説して、どのようなことが問題で、本来はどうあるべきかを考えてみたいと思います。

一般の人が考える余命宣告

一般の方の理解としては、余命宣告は同じ病状にあるがん患者が平均的に生きられる時間で、あとどのくらいの期間を生きられるかの予想と考えていると思います。多くの患者はこの余命宣告はかなり正確で、例えば3年と言われたら、その前後数ヶ月の短い期間でほとんどの人が亡くなるものと思っている人も多いです。また、最も問題なのは余命宣告されるということは生き残る可能性がほとんどないと勘違いしてしまうことも多く、この点が医師が思っている余命と相違があり、大きな勘違いを生み根源となっています。また、余命宣告という言葉はあまりに重い言葉であって、これが与える精神的なダメージも大きな問題となります。

余命宣告はどのように行われているか

実際の医療において余命宣告はどのようにされているでしょうか?実は、余命宣告にはこうしなさいという明確なルールがあるわけではなく、医師が行っている方法も様々です。誤解を生むため好ましくないという考えを持っており、そもそも余命宣告しない医師もいます。それに対して、治療の厳しさを理解してもらうために、必ず伝えている医師もいたりします。また、8ヶ月などの一つの数字をいう医師もいれば、2年ー3年などとかなり幅をもたせて伝える医師もいます。医師側が告知する目的は、患者側に情報を提供するのみでなく、患者側が期待していた予後よりも早くに亡くなり、治療が悪かったのではとトラブルになるのを防ぎたいという意図もあります。医師側の問題点としては、全ての医師が完全に患者側の余命に対する理解の程度や、受け取り方を把握していないことで、時に余命宣告することで医師患者関係が悪くなるケースも実際に見受けられます。

どうやって余命を推定するのか?

先程言ったように決まったルールがないので、余命を推定する方法も様々です。一般的には、同じ治療を数百人に行った論文のデータなどや、自施設のデータをもとにして、生存曲線の中央値(50%の方が亡くなられる時期)をあげて説明するのが一つの方法です。他には、医師ご自身の臨床経験から大体の期間を言われる方もいます。しかし、医師自身もこの余命としてあげた期間が正確とは思っていません。あくまで大体の目安だと考えています。

正確な余命宣告はそもそも困難

余命宣告というのは正確ではありません。それは医師が技量不足・知識不足だからではなく、本来のがん治療というのはとても複雑で、将来を単純に予想できるものではないからです。同じがんに対して同じ治療をしたとしても、生存できる期間には大きな開きがあります。なぜ、そうなるのかといえば、そもそも患者それぞれの身体的特徴(体力・年齢・持病など)が違い、治療の反応が異なります。さらに、がん治療自体も同じ治療レシピで行う場合でも、手術でどのぐらい取りきれるのか、化学療法をどこまで完遂できるのか、治療の反応はどのぐらいか、転移がどこに起こるか、再発に対して再手術できるか、再度の化学療法ができるかなど。治療が変化する要素はあまりに多くあります。治療には様々なイベント・分岐点が時空間的に存在していて、それがどちらになるかは予測できないため、はっきり言えば予想不可能です。

実際の予後とはどのようなものか?

では、同じ病気と診断された人にはどのくらいの予後の開きがあるのでしょうか?ここに一つの例を出して解説したいと思います。これはメラノーマという皮膚のがんの患者データです。これは新しい治療群(青線)と偽薬群(赤線)の予後を比較した試験の結果です。このグラフの見方ですが、縦軸が生存されている患者さんの割合を示しています。それに対して横軸は月数です。最初の0ヶ月の時点では100%の患者さんが生存されています。月が経つにつれて徐々に線が下に落ちているのは、この時点で亡くなられた人がいることを意味しています。


では、次にこのグラフの青線(新規治療群)のみに注目してください。この患者さんたちの平均余命を伝えようとしたら、この青線の人が50%生存されている時の約15ヶ月ということになります。ただ、良く見てください。亡くなられているタイミングがこの15ヶ月前後に集中しているわけではありません。最初の6ヶ月の時点でも20%近くが亡くなられていますし、30ヶ月が経った時点でも30%近くの方は生存されています。この違いを生んでいるのは、さきほど言ったような患者の状態や、転移腫瘍がどこにあるのかとか、薬物療法にどのぐらい反応が見られたかなどで変わります。もちろん、この曲線はがんの種類によっても変わりますが、どのがん種でも著しく中央値に偏って亡くなるということはほとんどなく、このような広い幅で亡くなられています。

余命が起こす問題とは?

では、さきほどのデータをもとにして医師が15ヶ月くらいだと伝えたとしましょう。その場合には、患者や家族は大体12ヶ月ー18ヶ月程度くらいかなという予想をおそらく立てます。しかし、この期間でなくなっている方は20%程度しかいません。ここで問題が起こります。この15ヶ月より早くになくなると、家族の方は医師の治療が悪かったのではと不満に思ったりします。逆に、30ヶ月以上たっても元気に生きておられる方は、15ヶ月でもうダメだと余計な失望を感じながら、暗い日々を送らなければいけなかったかもしれません。結果的に余命を伝えたことで、医師は信頼を失うし、患者は余計な不安を抱えたことになります。実は、正確になり得ない余命告知をすることによって、医師・患者の両者とも損をすることになります。これらの現象は、治療オプションが多いほど、生命予後が長くなる癌ほど、このずれは大きくなります。

大事なことは今後に何が予想されるのかを聞くこと

自分や家族ががんと診断された時に、本来真剣になって聞くのは余命ではありません。先程言ったように、余命は正確に今後を予想する指標にはなりにくいものです。それよりも聞くべきことは、先程言ったような治療の分岐点(再発・追加治療など)がどのようなもので、それがどのようなタイミングで起こるかです。例えば、最初の標準治療を受けて、その後再発が起こるのは何%くらいの人なのかや、それは何年目に起こるのか、もし再発が起こったら、どのような治療手段があり、それはどのような効果があり、どのくらいの期間安定した状態を保てるのかなどです。それらの治療の分岐ポイントはどういうものかを把握することで、自分の治療の全体像を時間軸を含めて知ることができます。そして、実際の治療をしていく中で、今後についてもある程度の把握と予想をしながら進んでいくことができますので、不安感が軽減されます。

しっかりと話を聞けば余命を聞く必要はなくなる

私が脳腫瘍の告知をして、治療の話をする際などには、「先生、余命はどのくらいですか」と良く聞かれました。その時は、まず最初に治療の分岐点やタイミングなどの話を詳しくします。そうすると、ほとんどの患者は「良く分かりました。その話を聞くと、現時点ではどのぐらい生存できるのかなんて予想できないですね」と理解してくださって、余命を聞く意味がないことを理解してくださいます。もし、どうしても聞きたいという場合でも、さきほどの例であれば、大体4ヶ月から30ヶ月ですのように、とても広い幅があることを伝えて、間違った理解をしないように即していました。医師と患者間でしっかりコミュニケーションをとれば、余命を聞く必要は自然となくなることが多いです。

余命宣告が必要な場合もある

先程言ったように、これから治療を始めようという時に余命宣告をする意味はあまりありません。しかし、余命宣告が意味を持つ場面もないわけではありません。それは、本当に進行してしまったがんで、すでに多くの治療オプションを使い果たし、今後に行える治療がとても限られている場合などです。そのような場合には、多くの治療分岐は存在せず、医師側としても比較的正確な予想が可能な状態となってしまっています。そして何より、患者・家族が残された時間を知ってもらい、貴重な時間を有効に過ごしてもらうために、伝えてあげた方が良い場面もあります。もちろん、患者や家族が希望するということが大前提ではありますし、伝え方を含めて、大変に慎重な対応が求められます。

まとめ

今回解説したように、皆さんが当たり前と思っている余命告知というのは、残念ながら誤解を生み、医師患者ともにメリットがないことが多々あります。一般の方には、この余命というものの実態をもっと知ってもらい、本当に知るべきなのは余命でないこと、予想される治療経過・分岐点などについての情報を良く聞いてもらいたいと思います。また、医療者の方にも患者の理解の仕方を考慮してもらい、広い幅で伝えるなどの配慮をいただければと思います。もっと、余命告知に関しての理解が深まり、患者・医師ともに不利益を被らないようになってもらえればと願っています。

イカサマがん治療を見抜く方法 こんな宣伝文句はアウト

ネットにはがんに効くと主張する食品や、様々なタイプの未認可のがん治療が紹介されています。その多くは全く効果を期待できないものですが、一般の方がそれを見抜くのは難しいです。ただ、がん治療の専門家は簡単に見抜くことが可能です。なぜなら、それらには普通ならありえない説明が多数されているからです。今回は、イカサマ治療に多用されている宣伝文句に注目して、こんな言葉や説明があったら危険信号というのを紹介して、それはなぜなのか解説したいと思います。このアウトな宣伝文句を理解しておけば、イカサマ治療に騙されるのを防げるのではと思います。では、順番にアウトな言葉を紹介していきます。

どの癌にも効きます

これは本当に多いです。「どの癌でも効果が期待できます」とか書いてあります。がんは数千の別の疾患の集まりです。全てのがんに効く治療などありえません。この文言が出た時点で、この治療を売っている人は、お金儲けをしたいだけで、効果はどうでも良いのだなということが分かってしまいます。この言葉についての詳細な解説は以前のブログ「この治療は全てのがんに効きます」の嘘 に書いていますのでそちらをお読みください。

「癌の権威〜〜博士推薦」

これは本当に多いパターンです。「癌の権威〜〜大学名誉教授〜〜先生が推薦」とか、「〜〜先生が長年の経験をもとに開発した」だとか書かれていたりします。一般の方は、この言葉でより信用するのかもしれないですが、医療者的にはこれではダメだとなります。がん治療の評価というのは常に自己主張ではなく、他者の評価承認において行われます。その証明は、有名雑誌に投稿されて、多数の専門家の高い評価と、正確性の確認をされて初めて認められます。そのため、「本物の治療」の場合には、「この治療の効果は2014年のLancet(有名雑誌の名前)に掲載されています」とかの論文の紹介になります。本人が言っても本当かどうかわからないですし、そもそもその本人は直接的な利益者そのものですので、全く信頼できません。

免疫力アップ・免疫活性化

一般の方が好きな言葉に「免疫力アップ」という言葉があります。がんを倒すのに免疫細胞が大事なのはもちろんなのですが、自分が持っている免疫力を何かであげることでがん治療をしようというのは何十年も前の古い手法で、それらにはほとんど効果が得られないことがすでに示されています。そもそも、自分の免疫細胞では倒せないから癌ができたのであって、ダメな免疫細胞を多少増やしても意味がありません。免疫チェックポイント阻害剤のようにがん細胞を変化させて免疫細胞に食べられるようにしたり、CAR-Tのように免疫細胞を改造したりなどの、新しい手法を使わないといけません。

末期ガンが治った・癌が消えた

この表記はほとんどの場合がアウトです。こういう曖昧な表現を使う時点で専門家の仕事ではないとすぐに分かります。がんの治療効果を表現する際に重要なのは、どの種類の癌に対して、何の治療を併用して、コントロール群(全ての条件が一緒で偽薬を投与した群)と比較して、どのような効果が得られたかを書く必要があります。正しい説明は、「肺腺癌に対して標準治療との併用で、プレセボ投与群と比べて5ヶ月の平均生存期間の延長効果を得た」というような表記になります。これらの必要な情報を書かないと全く効果がわかりません。車の性能を示すのに、「この車はかなり燃費いいです」「かなり良い走りしますよ」くらいの曖昧な表現です。他の比較対象と比べて具体的にどこがどう良いのか示さないといけません。

標準治療と併用したかをわざと明記していない

治療成績を示す際にとても重要なのは、病院で行われる標準治療と一緒に行ったかどうかです。そもそも現代の標準治療では、かなりの効果が期待できます。進行癌でも治癒できることがありえますし、たとえ大きな腫瘍でも一度消すことができる場合すらもあります。その標準治療とそのイカサマ治療を併用したら、もちろん標準治療のおかげで良い効果を得られることが考えられますので、真にその治療の評価かを見るためには、標準治療のみの患者との正確な比較が必要です。または、単独でその治療だけを受けた患者の結果を出す必要があります。しかし、多くのイカサマ治療では、その点はあえて明記せずに、勝手に標準治療の手柄を自分のものにしていることが多いです。標準治療と併用したかを曖昧にしている場合は要注意です。

「患者の経験談」などの少数例の治療成績を強調

「この治療を受けた方で、余命半年と言われたのに、2年も生きた方がいます」「この治療は全ての方に効果があるのではないですが、5~10%ほどの方に効果を示すことがあります」などの、「患者の経験談」や少数例の治療成績による効果の紹介です。これらは一見すると信頼できそうですが、ほとんどの場合において、効果を正確には表していません。効果を誤認させています。なぜ、少数例の治療成績の強調は誤認させるのかを詳しく知りたい方は、こちらのブログに詳しく解説していますので、ご参考になさってください。

医療界や製薬会社は嘘をついている

まともな人がみたら馬鹿げているというこのパターンは、実はものすごく多いです。例えば、「この食品は保険適応を取ろうとしたら、あまりに効くので、製薬会社がそれでは困るといって潰された」「医師は儲かる抗がん剤を売りたいから邪魔されて開発できない」などなど、枚挙にいとまがありません。世界中の何万人という医師がみんな嘘をつくはずがなく、ちょっと考えればとんでもない話ということはすぐに分かるのですが、この表現というのは実はとっても効果的ですので良く使われています。この商法はオカルト宗教などの勧誘で使われているのと同じ手法です。説得力のあることをいうのは簡単ではないので、自分以外はみんな嘘をついているといってしまい、それを信じ込ませてしまえば、他のことは何も受け付けなくなるので、商売がしやすいという方法です。騙されるととことん騙されることになり、一番危険なパターンです。お気をつけください。

日本だけ抗がん剤治療を行っている

日本の標準治療がひどいという宣伝をして、病院治療を続けてはいけないという主張をするために、アメリカでは抗がん剤が禁止されていて、日本でだけ行われているという主張をしていたりします。これは完全な嘘です。アメリカでも抗がん剤は使われていますし、両国とも行われている癌治療はほとんど同じです。また、日本の癌治療は世界の中でも高いレベルにあります。詳しく情報が知りたい方は、こちらのブログで解説していますので、ご覧ください。

日本のがん死亡率は先進国の中で唯一上がっている

これも先ほどと同様に、日本の治療がひどいと信じ込ませて、病院治療から引きはがし、自分たちの治療を売りつけようというために、この主張をしてきます。これは統計を使ったトリックで嘘です。多くの場合はわざと年齢調整をしていない死亡数を利用しています。癌の治療効果を正確に評価するためには年齢調整死亡数を使う必要があって、日本のこの値は確実に下がってきています。詳しくはこちらのブログをご覧ください。

「がん予防」に効果があるから「がん治療」にも効く

がん予防に効果があるというデータから、がん治療にも効果があると説得するパターンです。「がん予防」と「がん治療」は全く別のものです。これも以前のブログ がんの予防と治療は別のもの に詳しく解説しましたので、そちらのブログをご覧ください。

細胞実験レベルのデータがでている

「シャーレの培養がん細胞に有効成分をかけたら、がん細胞が死にました。すごい発見!」一般の人はちゃんと調べていて信頼できると思うようです。シャーレのがん細胞は、抗生物質でも、水でもかければ死ぬほど弱いです。細胞実験レベルのデータは実際の人に効くという根拠にもなりません。それを根拠にしている時点でこれはダメとわかってしまいます。

まとめ

今回はイカサマがん治療に良く見られる言葉や説明について解説しました。これらの文言がでてくるということは、根拠がなく、治療効果が望めない治療である可能性が高いです。もちろん、絶対に嘘とはいいきれませんが、これらの文言がでてきたら疑ってかかる必要があります。もし、自分では判断が難しければ、自分の担当医に必ず治療を受ける前に相談をしてください。ぜひ、覚えておいてもらって、騙されないように注意をしてください。

 

<更新情報>

2018/6/3    「日本だけ抗がん剤治療を行っている」「日本のがん死亡率は先進国の中で唯一上がっている」「「患者の経験談」などの少数例の治療成績を強調」の項目を追加しました。

がんはなぜできるのか? 患者の過去の行いが悪かったからなのか?

がんはどうしてできるのでしょうか?化学物質などの暴露が原因?がん患者さんが何か過去に悪いことをしたことが原因?それともただの偶然?皆さんがよく抱く疑問について、がん研究者として答えたいと思います。

がんができる3つの主要因

がんがなぜできるのかというのには色々な議論がありますが、すでにたくさんのことが分かってきています。がんが発生するには、大きく分けて3つの要因が関わっています。

1つは、異常な遺伝子を親から引き継いだことで起こる遺伝的要因

2つ目は、ヒトが生きている間に偶然にできる偶発的要因

3つ目は、タバコやウイルス感染が原因で起こる環境要因

皆さんよくご存知なのは、1つ目と3つ目になるかと思います。多くの人は「うちはがん家系だから」とか、「運動しなかったからだとか」そういうことをいう人が多いです。実際のところは、その3つはどの程度関わっているのでしょうか?

3大要因のどれが重要なのか?

Scienceで発表された研究論文の図を引用して、それぞれ3つがどの程度関わっているかをまず説明したいと思います。この研究では、数学的な解析によって、男性・女性の各種がんの発生に対して、それぞれ3つがどの程度関わっているかを計算しています。実際の研究手法などの解説は省かせてもらいますが、結論は以下の図のようになります。

たった一つの研究結果ですので、これをもって絶対ですとはいえませんが、この結論はがん研究者が理解している現実と概ね一致しますので、この図を代表的な結果として説明に利用します。

まず、女性の場合です。

この図の意味は、それぞれの3つの要因が各臓器のがんに、どの程度関わっているのかを色で示しています。左の図が遺伝的要因との関係、中央が偶発的要因、右が環境要因です。赤くなっているものほど、その因子が強く関わっているという意味です。

それぞれの略語の意味は、B, 脳腫瘍; Bl, 膀胱癌; Br, 乳癌; C, 子宮頸癌; CR, 大腸・直腸癌; E, 食道癌; HN, 頭頸部癌; K, 腎臓癌; Li, 肝臓癌; Lk, 白血病; Lu, 肺癌; M, メラノーマ; NHL, 非ホジキンリンパ腫; O, 卵巣癌; P, 膵臓癌; S, 胃癌; Th, 甲状腺癌; U, 子宮体癌 です。例えば、一番上のBとなっている脳腫瘍は、真ん中のみが真っ赤です。つまり、ほぼ100%が偶発的要因で起こるという解釈になります。

男性の場合も載せておきます。

B, 脳腫瘍; Bl, 膀胱癌; CR, 大腸・直腸癌; E, 食道癌; HN, 頭頸部癌; K, 腎臓癌; Li, 肝臓癌; Lk, 白血病; Lu, 肺癌; M, メラノーマ; NHL, 非ホジキンリンパ腫; P, 膵臓癌; Pr, 前立腺癌; S, 胃癌; T, 精巣癌; Th, 甲状腺癌. です。